Archive for the ‘事例’ Category

間接証拠で認められた特別受益〜綿密な通帳分析〜

2025-06-25

特別受益とは?その基本的な考え方

相続において「特別受益」という言葉を耳にすることがあるかもしれません。これは、相続人の中の一部の人が、被相続人(亡くなった方)から特別な経済的支援を受けていた場合に、他の相続人との公平を図るために考慮されるものです。遺産分割の場面で問題となることが多く、特別受益が認定されると、その分が相続分から控除される制度です。

特別受益の定義

特別受益とは、法律上、被相続人が生前に特定の相続人に対して贈与や経済的援助を行った場合、それが「特別に受益したもの」として評価され、相続分から贈与の価額を控除した残額を相続分とする制度です(民法第903条)。

ただし、被相続人が「持戻し免除」の意思を示した場合、贈与額を相続財産に加算しない選択も可能です。これは、被相続人が特定の相続人への贈与を、将来の相続時に他の相続人と精算しない意思を明確にする制度です。持戻し免除は、遺言書や贈与契約書などで明示することができ、相続人間の公平性を保ちながら、被相続人の意思を尊重する重要な法的仕組みとなっています。

例えば、結婚資金の贈与や、住宅購入の援助、学費の負担などが特別受益に該当します。ただし、これらが全て特別受益として認められるわけではなく、その時期や金額、被相続人の意思(持戻し免除の意思表示)が判断基準となります。

実際の事例から学ぶ:間接証拠による特別受益認定

特別受益が認定されるには、明確な証拠が必要だと考えられがちですが、今回ご紹介する事例では、間接的な証拠が積み重なり、特別受益が認定されました。

事案の概要(相続関係と家計援助)

今回ご紹介する事例は、約30年間に及ぶ家計援助が特別受益として認められたケースです。

被相続人は母親、相続人は2人の子供(依頼者と弟)でした。被相続人は生前、弟に対して約30年にわたり生活費等の援助を行っており、その金額が特別受益に該当するかが争点となりました。

裁判所の判断(特別受益認定の決め手)

裁判所は、通帳の詳細な分析を通じて、弟への家計援助が特別受益と認定しました。具体的には、通帳から以下のような特徴に着目し、これらが被相続人自身の生活費ではなく、弟やその家族のために使われたものと判断しました。

  1. 「家計」と記載されている出金が、不定期で被相続人自身の家計としては不自然であること
  2. 孫(弟の子)の運転免許取得費用や被相続人施設入所後のエアコン設置費用など、家計援助と判断できる記載が相当数あったこと
  3. 支出の金額と時期が、被相続人個人の家計費としては明らかに過大であったこと

最終的に、裁判所は出金額2,100万円のうち、3分の2(1,400万円)を特別受益と認定しました。

特別受益を巡るトラブルを避けるために

特別受益が相続の争点になることは珍しくありませんが、未然に防ぐための取り組みが重要です。

民法改正への対応

令和5年(2023年)4月1日の民法改正により、特別受益の主張の時効(特別受益を主張できる期間)が、相続開始の時(被相続人が亡くなった日または被相続人の死亡を知った日)から10年間とされました(民法第904条の3)。事例のように特別受益について争うことを検討している場合には、時効についても意識しておく必要があります。

家族への経済的支援が相続紛争に発展するリスク

家族を思いやる気持ちから行う経済的支援が、将来の相続紛争の種になることがあります。特に、兄弟姉妹間で支援の内容や金額に不均衡がある場合、トラブルのリスクが高まります。

将来の相続トラブルを防ぐための具体的な方法

相続トラブルを未然に防ぐためには、以下のような対策が有効です。

  • 支援の内容を記録しておく
  • 遺言書を作成して特別受益の扱いや持戻し免除の意思を明記する
  • 必要に応じて、弁護士や専門家に相談し、適切なアドバイスを受ける

まとめ

特別受益は、相続における公平を保つための重要な概念です。しかし、その認定には多くの要因が絡み、場合によっては間接的な証拠も大きな判断材料となります。本コラムでご紹介した事例は、その一例に過ぎませんが、特別受益を巡るトラブルを防ぐために、早めの対策が必要であることを示唆しています。特に、令和5年民法改正後のルールを理解し、記録の管理や遺言書の作成を行うことが重要です。

相続問題でお困りの方は、初回相談料は無料になっておりますのでお気軽に当事務所までご相談ください。

関連ページ

特別縁故者への分与成功例1:甥姪の子に100%分与

2025-02-26

前回のコラムでは、特別縁故者への財産分与制度とその流れをご紹介しました。

今回は、当事務所で扱った特別縁故者への財産分与の事案をご紹介し、具体的にどのような事情があれば(主張をすれば)、特別縁故者として財産分与の対象者となれるのかを各事案ごとに記事を分けてご紹介します。

今回は、被相続人の甥姪の子(兄弟姉妹の孫)に対して相続財産の100%を分与された事案をご紹介します。

被相続人との関係

被相続人Zは未婚で、子供もおらず、相続人(代襲相続人)となる両親、兄弟姉妹及び甥姪もZが亡くなるよりも先に亡くなっていたため、Zには相続人がいない状態になっていました。

Zの姉の孫である依頼者Aは、Zの生前から身の回りの世話をしていました。そのため、Zの財産は、Aの協力と寄与によって維持形成されたものと考えられました。このような事情から、Zの遺産については、Zと特別縁故関係にあるAに分与されるべきだと判断し、裁判所に相続財産管理人(現:相続財産清算人)選任の申立と、特別縁故者への相続財産分与の申立(公告期限満了後)を行いました。

特別縁故者として主張した具体的事情

被相続人の療養看護について

主に以下の3点から、AがZの療養看護とその関連手続きを一貫して1人で行っていたと主張しました。

  • Zの医療アセスメント(患者の状態や評価)から、Zが自力で生活するのは困難であったこと
  • 介護施設のサービス提供記録から、Aが日頃からZのもとに訪問し、
    介護サービス担当者と綿密な打ち合わせを何度もしていること
  • 診療記録に「Aを一番頼りにしている」と記載があること

郵便物の管理と各種支払い手続きについて

AはZのもとに届いていた郵便物の管理と郵便で届いた各種支払請求への対応を行っていました。その根拠として、警備会社が行っている不在住宅の見回り・郵便物回収サービスの契約書を提出し、回収した郵便物の転送先がAの住所であることから、郵便物の管理と各種支払い手続きをしていたことを主張しました。

身元保証人と各種契約に関する手続きについて

AはZの身元保証人として、入院契約をはじめとする各種契約の手続きをしていたことを主張しました。

被相続人の葬儀について

Zは生前にAに対して、

  • Aに葬式を執り行ってもらいたい
  • 指定の寺院から戒名をもらいたい

ことを伝えており、AはZの遺志に従い、喪主として葬儀を執り行い、指定の寺院から戒名をいただくことができたことを主張しました。

相続財産の価値保全について

  • AはZの生前から相続財産管理人選任の申立まで、植栽剪定工事をZに代わって依頼し立会を行っていたこと
  • Zが貸している土地の借り主の氏名、住所、連絡先をAが知っていること
  • Zの入院中や死亡後も、Zの自宅の換気等の管理を行っていたこと

などから、Zの住環境を維持及び近隣住民への配慮、相続財産の価値保全ができ、相続財産管理人への引き継ぎが円滑に進むように協力したことを主張しました。

立替金・未払金について

AはZが亡くなった後に、Zの未払金や債務について約14万円を立替えていました。

立替ができたのは、AがZの未払金や債務を把握し、療養看護や財産管理に努めてきたこと、特別縁故者としての努めを果たしてきたことの裏付けであることを主張しました。

順当な相続人について

AがZの身の回りの世話を開始した当初は、Zの姪(Aの母)が存命だったため、Zは自分が亡くなっても、自分の遺産は姪(Aの母)が相続し、最終的にはAのもとに遺産がいくものと考えていたようでした。

しかし、不運にもZよりも姪(Aの母)が先に亡くなってしまったことによって、Aが全て相続できないというのは不条理なのではないかというのがAとしての一般の方の素朴な感情としてあることも合わせて伝えました。

特別縁故者への財産分与の申立の結果

上記の主張をした結果、相続財産管理人から「Aに対し、相続財産から相続財産管理人の報酬その他管理費用を控除した残余財産全部を分与する。」とするのが相当であるとの意見が出され、Aは無事にZの相続財産の100%を受け取ることができました。

まとめ

今回ご紹介したように、特別縁故者への財産分与を成功させるためには、被相続人との関係や具体的な貢献内容を明確に証明することが重要です。特に、療養看護、財産管理、各種手続きの代行など、日常的な支援の証拠を詳細に提示することが有効です。また、被相続人の意思を尊重し、葬儀など最後まで誠実に対応することも評価されます。さらに、相続財産の維持管理に努めることも、特別縁故者としての適格性を示す重要な要素となります。特別縁故者への財産分与でお困りの方は、初回相談料は無料になっておりますので、お気軽に当事務所までご相談ください。

関連ページ

寄与分が認められた裁判例と認められなかった裁判例

2024-08-28

寄与分とは、相続人の中で被相続人の財産の維持・形成に貢献したことが認められた人が受け取ることのできる遺産のことで、民法第904条の2で定められています。

【民法第904条の2第1項】
共同相続人中に、被相続人の事業に関する労務の提供又は財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額から共同相続人の協議で定めたその者の寄与分を控除したものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分に寄与分を加えた額をもってその者の相続分とする。

今回は、寄与分の中でも、いわゆる金銭等出資型の寄与によって被相続人の財産の維持又は増加したことに焦点を当てた事件を紹介します。「寄与分が認められた裁判」と「寄与分が認められなかった裁判」の2つを取り上げ、寄与分が認められやすい事情について解説します。

分かりやすいように実際の事例から、遺産の金額・相続人の人数などを変更し、寄与分に絞って紹介します。

寄与分が認められた裁判

概要

母親の相続に関して、長男が寄与分を主張した事案です。

被相続人である母親は専業主婦として家庭を支え、長男と同居していました。父親が亡くなる5年前から長男が自営業を実質的に経営し、生計を支えてきました。そして、父親の相続時に長男が事業全体を引き継ぎ、母親には毎月15万円の専従者給与(少し手伝っていた程度だったようです。)と家族の生活費として15万円を手渡していました。母親の遺産は約5000万円が残されており、長男は自身の貢献を理由に寄与分を主張しました。

判決

下記の理由から、遺産の30%が寄与分であると認められました。

当該給付に関して被相続人に労務の提供がみられる場合には、提供した労務に見合った賃金や報酬等が提供した労務の対価に見合ったものではなく、不相応に高額であると認められるときは、労務の対価を超える部分については寄与分と認められる余地があると解される。

個人情報保護の観点から、被相続人(母親)がしていた事業の手伝いがどのようなものであったかはご紹介できませんが、事業にほどんど関わっていなかったこと(事業運営に関する資料)と30万円もの高額な賃金を支払っていたこと(通帳や振込明細)を提示することで、提供した労務に見合わない高額な対価を支払っていたことが認められ、その結果、寄与分が認められました。

ちなみに、この判断の前提として、労務の提供がみられない場合に寄与分が認められる条件についても言及されています。

相続人が被相続人の財産形成に寄与したというためには、財産給付の内容が被相続人との身分関係に基づいて通常期待される範囲を超えていることが必要であるとともに、当該給付が無償又はこれに近い状態でされたことが必要である…

寄与分が認められなかった裁判

概要

被相続人の姉であるBは、女性の働き口が少なかった時代に被相続人を、Bの夫であるCが経営する事業の正社員として雇用するように口利きし、その結果、被相続人は一般女性よりも多くの収入を得ることができたこと及び、被相続人は、Cが経営する事業で働いている期間の大半をB・Cの家で暮らし、家賃・光熱費等の支払を免れていたことから、被相続人の財産の増加に寄与したとして、寄与分を主張しました。

判決

下記の理由から、寄与分は認められませんでした。

Bが、被相続人との同居中に家賃や光熱費等生活費のほとんどを負担していたことを裏付ける的確な資料はない上、秘蔵族人は…生活費を負担する経済的余裕もあったと認められること、…Bと被相続人は年齢も1歳程しか違わなかったこと等に鑑みれば、生活費等の一切をBが負担し、被相続人に負担させていなかったと推認することはできない。
(Cが経営する事業を退職後の銀行口座の取引履歴が残っている部分について)被相続人の…預金は、…いずれも増加しており、…期間中にBによる寄与があったとは認められないことに鑑みれば、被相続人には、…退職後も、…預貯金額について、自ら獲得ないし維持できるだけの能力ないし資源があったと推認される。よって仮にBが…光熱費等負担をしていた事実があったとしても、それが本件分割対象預金の形成ないし維持につき特別の寄与として役立ったとは認められない。

なお、口利きで就職できたことに関しては、原審判では「具体的な収入が明らかでない」とわずかに言及されていましたが、抗告審で改められ、言及部分が無くなり寄与分の判断の対象から除かれました。

まとめ

寄与分が認められるには、具体的な貢献内容と金額の証明が重要です。単なる無家賃での同居では、相互扶助の範囲内と考えられたり、財産の形成・維持に寄与したとまでは考えられなかったりするため、寄与分の主張としてあまり有効ではありません。一方で、提供した労務に見合わない高額な対価を支払っていた場合は寄与分として認められる可能性があります。
寄与分の主張には複雑な要素が絡むため、専門家のアドバイスが有効です。寄与分についてお困りの方は、初回相談料は無料になっておりますのでお気軽に当事務所までご相談ください

関連ページ

【事例】相続トラブルを未然に防ぐ「遺留分放棄の許可」制度の活用

2024-03-27

遺留分(事前)放棄の許可制度をご存知でしょうか?

令和4年(2022年)司法統計年報(家事編)によると、「相続の放棄の申述の受理」が約26万件あるのに対し、「遺留分の放棄についての許可」は801件しかありませんでした。

今回は、そんなあまり知られていない遺留分放棄の許可制度をつかって、民事トラブル後に発生する恐れのあった相続トラブルを未然に防いだ事案をご紹介します。

続きを読む…

【事例】限られた証拠で被代襲相続人の遺留分侵害額請求を退けた

2024-02-14

今回は「遺留分侵害額請求をされた被告が『原告には特別受益があるため遺留分はない』と主張して、遺留分侵害額請求を退けた」事例をご紹介します(※分かりやすくするため、一部簡略化しています。)。

遺留分侵害額請求などの専門用語については、下記ページで解説していますので、分からない場合は先にご覧ください。

続きを読む…

【事例】預貯金の引き出しについて不当利得返還請求をされた

2019-08-30

被相続人の生前に、被相続人の預貯金口座からお金を引き出していたことによって
相続問題が発生することがあります。

今回は、預貯金を引き出したAさんの事例をもとに、
どのような場合に、預貯金の引き出しが不当なものでないと主張できるのか、
引き出されたお金を取り戻すことができるのか、また、どのようにすれば
預貯金の引き出しを原因とする相続問題を防ぐことができるのかを解説していきます。

続きを読む…

【事例】妻と養子に相続させたくない【推定相続人廃除の難しさ】

2019-08-02

たとえ、相続人に問題があり、遺言で「相続させない」としても
相続人(兄弟姉妹以外)には遺留分があるため、完全に相続させないためには
推定相続人の廃除の申立をする必要があります。 続きを読む…

【事例】遺留分侵害額請求されたら、誰がどれだけ負担するの?

2019-07-19

前回のコラム『【事例】自宅を相続させたい ~遺留分問題~』で、
「特別受益の持戻し免除の意思表示は、遺留分を侵害する限度で失効する。」とした
最高裁判所 平成24年1月26日】の判決を紹介しました。

この裁判では、「持戻し免除の意思表示が遺留分減殺請求(現:遺留分侵害額請求)により侵害された
場合における具体的相続分の算定方法」についても示しています。

今回は、裁判例を図と合わせて遺留分侵害額請求をされたときの
具体的相続分の算定方法を分かりやすく解説していきます。

※判例につきましては当時の法律に合わせて「遺留分減殺請求」と表記しております。

続きを読む…

【事例】自宅を相続させたい ~遺留分の問題~

2019-07-05

概要

続きを読む…

【事例】死亡生命保険金が持ち戻しされた

2019-06-21

コラム【特別受益の典型主張と判断傾向】で、死亡生命保険金が
特別受益として持ち戻しの対象になる傾向を紹介しました。

今回は、実際に死亡生命保険金が持ち戻しされた事例と合わせて、さらに詳しく解説します。 続きを読む…

« Older Entries

トップへ戻る

電話番号リンク 問い合わせバナー LINE相談予約